2017/06
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「サイゴンから来た妻と娘」
ぐちゃぐちゃの頭を整理しようと思って、
ベトナム関係の本を読んだ。

まずは「サイゴンから来た妻と娘」

近藤さんの文章、すきだな。
会ったことないからわからないけど、ご本人の性格がにじみ出るような、あったかい文章。

ボートピープルの船が日本にきて、そこに奥さんと一緒に行かれた時の記述もあった。
それを読んではじめて、ボートピープルでベトナムから逃れてきた人たちは、ある程度の知識階級が多く、南ベトナムで相応の地位にいた人が多いということを知った。
「ベトナムの貧しい人たちが逃げてきた」という、私の認識とは大違い。
おんぼろ船にすし詰めになりながら、命からがら逃げてきた人たち。
戦後の大混乱。
家族との別離。
「戦争」って、そういうことなんだ。

そして、事情を汲むことのできない日本という国。


以下、印象に残った部分の抜粋。

感想文でも書こうかなと思ったけど、時間がたちすぎてて無理。(^_^;
これは3/31にメモしていたもの。

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「サイゴンから来た妻と娘」(近藤紘一)

もともと瑞穂の国なのだ。とくにサイゴン以南のメコン・デルタ地方は世界有数の穀倉地帯とされている。戦争が終わり、デルタ全域を有効に活用できるようになれば、二毛作、三毛作で年間一億人分のコメがとれるはず、と試算されていた。いま、ベトナムの総人口は五千万人ほどだから、この地域だけで全国民を養ってまだ一年分近いおつりがくることになる。

水と気候に恵まれているから、農民の仕事ぶりものんびりしている。水牛にスキを引かせ、田植えさえすれば、あとは稲の方が勝手に実ってくれる。

途方もない自然の富に恵まれてしまったこの国の人々

馬鹿らしいほどのメコン・デルタの豊かさ

あれだけの量の爆弾をたたき込みながら、米国が敗れた理由の一つはやはり、この国の自然の底知れぬ生命力、復元力を正確に計算に入れていなかったからではないか、と思う。

167 しかし、考えてみると、実際にこの国の歴史の過酷さは、島国の温室に育った私たちの想像を絶したものだった。

167 何世紀にもわたって反覆された中国軍の侵略と支配、十三世紀の蒙古軍の来襲、近代以降は仏植民地支配、日本軍の進駐、そして今次の戦争---。直接外国軍の圧力がないときは、国内が分裂して内乱が相ついだ。

230 日本の世論はベトナム戦争中、熱烈に他国の解放闘争を支持し、その反面、武器の部品やモーターバイクや電気製品をしこたま輸出して得た繁栄を直接間接に享楽することに、何ら疑問を感じなかった。おまけに戦争が終わればすべてを米国と旧政権の腐敗ぶりに押しつけ、「私たちは単一国家ですから他人のことは知りません」では、諸外国もあきれて物が言えぬだろう。

230 私たち一人一人の、無意識の心の貧しさを、私はときおり空おそろしく思う。

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