2017/04
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ベトナムから帰って(ベトナム戦記)
これは4/14に書いていたもの。

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ベトナムに行って、3日目だったか4日目だったか、開高健についてググったら、なんと誕生日が私と同じであった。
開高健が「ベトナム戦記」を書いていたことすらも知らなかったし、
ましてや、マジェスティックを宿にしていたことなんか知る由もない。

たまたま泊まったマジェスティックの部屋で、その昔、開高健が滞在し、「週刊朝日」の原稿を書いていた。
(それがまとまって「ベトナム戦記」になった)

そこまでだったら、あまり開高健に興味を持たなかったかもしれなかったけれども、誕生日まで同じとは。
奇妙な縁を感じて、「ベトナム戦記」を読もうと思った。

以下、印象に残った部分を書き出してみた。

「この国は貧しい。おそろしく貧しい。女も男も貧しい。市民も農民も貧しい。サイゴンも一歩裏通りへ入ったら電気が買えないので豆ランプやロウソクをともしている。娘たちは豚小屋のようなどぶとニョク・マムの悪臭のたちこめた家のなかで綿屑に手足をつけたような兄弟たちとおしあいへしあいザコ寝をしている。農村へいくとさらにこれがすさまじいことになってくる」

「空にまでとけこむ水田の巨大な豊穣さと土にとけこむ貧しさのこの対照は異様なものである。何者かによる搾取のすさまじさをつくづく感じさせられた」

「この国の土と水はよほど多産なのである。戦争さえなければほんとにいい国なのである。戦争と搾取さえなければいい国になれる国なのである」

「この荒野は異様なことになっていた。ジャングルが真っ赤に枯れているのである。街道に沿って左右何キロかのジャングルがことごとく枯れ、木は倒れたり、折れたりして槌にとけかえていた。たっている幹でも枝の葉はことごとく枯れて赤くなっていた」

「・・・砲兵隊、大砲射ツ。105。155。ジャングルト村。朝カラ夜、射ツ。イツデモ射ツヨ。VC(ベトコン)死ヌ。百姓イッショニ死ヌ。VCデナイ百姓死ヌヨ。イッショニ死ヌネ。生キル百姓VCニナルヨ。砲兵隊、一生懸命敵ヲ製造。秘密。言ワナイデ。オ前日本ニ帰ル。オ前新聞ニ書ク。ホントヲ書ク。秘密ネ」

「彼は私とお茶やビールを飲むたびにこの戦争の使命を説いて聞かせた。ここでベトナムがコミュニストの手におちるとタイ、マレー、ラオス、カンボジャなど、東南アジアが一挙に陥落する。」

「こういう砲撃は生き残った農民をベトコンに走らせるだけであり、政府は必死になって敵を製造しているのだと告白したが、まったくそのとおりだろうと想像する」

「ベトコンが公式的な要求として綱領や宣言や総括のなかでうちだしていたことは、ベトナム国内からの外国勢力の撤退、貧農の解放、いかなる外国のヒモもつかない連合政権の樹立であった」

「けれど、もしベトナムを舞台にして、最前線のアメリカ人を主人公にして私が小説を書こうとすると、題は、“気の毒なアメリカ人”ということになるだろう。アジアを理解できないワシントンと、それをつきあげる将軍連中の作戦計画、砦やジャングルで“イエス・サー”といって死んでゆくアメリカ兵、このあいだには透明で深い溝があると私は思う」

「アメリカは負けるが勝ちという知恵を身につけるには若すぎるのであろうか。負けたことがなく、異民族に踏みにじられたことがなく、戦争があるたびに豊かになった。何一つとして戦争を知らないアメリカは、誇りと偏見のために、ベトナム農民が建国当時のアメリカ人と同根の情熱にかりたてられてアメリカに反逆しているのだというところまで洞察できないのであろうか?・・・・・」



近藤紘一氏の「サイゴンから来た妻と娘」を読んだ印象では、ベトナムの農民は豊かだという印象を持った。
しかしながら、開高氏は「おそろしく貧しい」と言う。
土地は豊かであるけれども、他者から搾取されることで貧困に陥っているという。

ベトナム戦争の背景には、中国における1000年の支配とフランスにおける80年の支配が深く根ざしている。
ベトナムの人たちは外国人による支配にうんざりしていた。独立を求めていた。

日本は周りを海に囲まれて、他国と国境を接していない国なので、
第二次世界大戦で米国に占領された以外は他国の侵略を受けたことがない。
日本人である私は、日本人らしく(?)脳天気だった。
ベトナム人の、長年にわたる他国からの支配を受け、抑圧されていたことに考えが及ばなかった。
それが、(自分の無知に対する)カルチャーショックでもあった。

ベトナムにいた間、常につきまとっていた疑問は「共産主義って何?」ということだった。
学校で習った共産主義は、「私有財産を持たずに給料は国から支給されるもの」というような認識でしかなかった。

ベトナム人は、何故ベトナム戦争をしたのかがわからなかった。

アメリカは「ベトナムがコミュニストの手におちるとタイ、マレー、ラオス、カンボジャなど、東南アジアが一挙に陥落する」から戦争をしたのでしょうが。

背景にはソ連との冷戦とか、いろいろあるのでしょう。
よくわかんないけど。


ベトナム戦争が共産主義vs資本主義 の闘いであったのか?
と思っていたが、ベトナム戦記を読んでそうではないことがわかった。

ベトコンの中でコミュニズム(共産主義)の人は少なく見積もると1~2%、多く見積もっても30%。
アメリカが砲撃を加えれば加えるほど、被害が出て、外国人に対する反抗精神が芽生え、農民はベトコンに流れる。政府軍の兵隊として戦っていても、途中で逃げてベトコンになる。

ベトコンは、外国勢力からの独立、ベトナムの、ベトナム人による、ベトナムのための国家を求める人々であった。それに対し、士気の上がらない政府軍(ベトナム人)と米軍では、精神面で最初から結果は見えていた。

開高氏がベトナム戦記を出したのが1965年。
この時点で、彼はアメリカに先がないことを見抜いていた。
ベトナム戦争が終結したのはそれから10年も経過した1975年。
もっと早く戦争を終える勇気があったら、悲惨な人生を送らずに済んだ人がたくさんいただろうに。

ベトナムに送られたアメリカ人たちも惨めだ。
どこに潜んでいるかわからないベトコン。
連日連夜続く攻撃。
枯葉剤をまき、自らもその被害(後遺症尾)に苦しむ。
戦争はいやだと思いながら、命令に従わざるを得ない。
1年の兵役の終わりを指折り数えて待つ日々。

やっぱり、戦争は悲惨だ。

罪もない人々が何故苦しめられなければならないのか?

世の中は無常だ・・・・という結論にしかたどり着かないのか。

むむ~。なんか、いやだ。





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