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[282] 東日本震災後1年を福島県いわき市で迎えて
<2012/04/10> のものです。


※今号のたよりは、お客さんのM.K.さんに原稿を寄稿していただきました。感謝!




東日本震災後1年を福島県いわき市で迎えて
 
私は、りずむさんのお野菜のファンの一人です。今、我が家のリビングには、食べ損ねた白菜から菜の花が咲いています。半切り状態で横になった白菜から15センチの菜の花が直角に伸びて、何とも微笑ましい姿です。この白菜は心無い主婦のせいで水ももらえず1か月以上台所で寝ていたにも関わらず、中にしっかり命がありました。「これがりずむさんの野菜よ!」と心無い主婦は家族や訪問客に自慢しています。

さて、私は3月10日から1週間、福島県いわき市で過ごす機会を頂いたので、そこで感じたことを報告します。今回の訪問の目的は、10名の大学生と聞き方ボランティアをしながら1年後の現地の変化を学ぶことでした。(半年前の訪問には筆者は参加しておらず、個人的には今回が初訪問です。あしからず)主な活動先は、いわき市内の①ハワイアンズを生み出した湯本地区の仮設住宅、②市中心部に点在する被災者のための町中サロン、③中山間部の遠野町為朝地区の3か所です。前二者は原発周辺町村からの被災者、③はいわき市民ですが地震で水源がなくなり未だに水のない生活をしている限界集落の高齢者たちです。この方々を対象に、看護学科、福祉学科、口腔保健学科の学生たちが鍼灸スポーツ学科の教員の指導で身につけた一夜漬けのマッサージと足湯を提供しながら、一時の気分転換をしていただくという活動を展開してきました。受け入れ先は小名浜復興ボランティアセンターを運営しているNPO法人ザ・ピープル(理事長吉田恵美子氏)です。

訪問当日、吉田所長は深いため息をつきながら、正直に私たちにその理由を語ってくださいました。「困っているのはみな同じだが立場がそれぞれ異なるために、東電を挟んで相手がどのような背景かがわからないと話もできない状況が生まれている。補償の有無、金額の違いからくる溝、行政への怒りに対して自分たちの活動が追い付かないことからくるどうしようもない疲れ、悲しさが、自分だけでなくここで働く多くのボランティアを襲っている」等々。NPOザ・ピープルは「ただの主婦で終わりたくない」という女性たちが中心になり1990年に設立されたもので、県内18か所から回収する古着のリサイクルを核に、在宅障碍者の自立支援やタイ・スリン県での教育支援等幅広いネットワークを織りなしてきた肝いりのNPOでした。その自分達が、今自分たちの足元が崩れていくことに対して悲しみ・無力さを感じている、それが吉田所長の私たちに投げられた最初の問題提起でした。

その後、私たちは3か所の主に高齢者を対象に足湯を提供していくのですが、そこで聞いたつぶやきをいくつかご紹介します。

「なんも、することがなかもんな・・・」(足が不自由で外に出ることもなく、近くに住む娘たちが運ぶ食事を頼りに狭い湯本地区の仮設で暮らしている80代女性、足湯会場への移動もかなわず、薬草茶をお配りする事しかできませんでした。)

「去年の地震で家は壊れてしもたけど、そのままたい。茶の間に布団しいて一人で暮らしよる。暖房器具は炬燵、寒いのはもう慣れた。水は地区の人が運んでくれる。地震が怖いから、風呂につかることはない。」(いまだに水のない生活を強いられている為朝地区高齢者、水道を引けない山間地域は自分たちで山から水を引いて暮らしてきました。今回の地震で水源を失いましたが、地面から下は災害補償の対象ではありません。よって水源を失った地区民は、隣の山から水を引く1500万円という金額を自分たちで工面しなければならないそうです。高齢者がほとんどの地区民にとって、一人150万円近い割り当てはとても厳しいとのこと。村人は知恵を出しあいインターネットで全国に訴え、手作りジャムを販売し始めました。今回、NPOと一緒に、リ・アグリプロジェクトとして地球環境基金をもとに耕作放棄地でオーガニックコットン栽培を開始するそうです。)

「為朝の暮らしはどっちを向いても親戚ばっかりでまだなれんけど、町でアパートで暮らすより、ここで皆と暮らす方が安心。家には発電機もあるし、ジーちゃんは補償が出らんでも自分で小屋を立てることができる」(半年前に出産して、水のない為朝地区で農業する若いお嫁さん)

今、私たち熊本人の目に映る福島は、汚染された瓦礫を抱えた県、東電と共に生きる県としてみえるのではないでしょうか。しかし私は今回の訪問で、仮設で取り残された高齢者や点在して暮らす被災者をつなごうと奔走する人々、衰退していく農地から新たな何かを生み出そうと知恵を絞り出して働く人々、そして1年以上も水のない地区で高齢者を抱え頑張る人たち等、様々な生き方を学んできました。最後の講義でNPOの吉田さんは、「これだけ大きな犠牲を払い、残された私たちが分断していったら何のための犠牲なのか。被災は現在進行形。これからもいわきで頑張るために水俣から学びたい。この闇を抜ける糸口は水俣にあると思う」と最後の課題を下さいました。福島と水俣を結びつけることで福島に貢献する、これが今の自分に与えられた課題です。




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