2017/10
≪09  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31   11≫
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[287] 追悼 原田正純先生(“りずむ”版)
<2012/06/19> に書きました。





<287号> 追悼 原田正純先生(“りずむ”版)

6月11日(月)、原田正純先生がお亡くなりになりました。新聞やテレビで追悼特集が組まれたのでご覧になられた方も多いと思います。本当に、“人として”すばらしい方でした。私が今、百姓をしている“根っこ”には、常に原田先生の教えがあります。“りずむ自然農園”の方針を「りずむ自然農園では、周辺の健全な環境なしにはひとも健康でしあわせに暮らすことはできないと考えています」としていますが、これはまさに水俣病から学んだことです。

私が百姓をはじめる前の職場である「環境ネットワークくまもと」で職員をしていた当時は、原田先生が代表でした。ちょうどその頃、先生は熊本大学から熊本学園大学に移られ、私は「環境学」や「水俣学」の講義を、学園大の学生に混ざって受けさせてもらっていました。日本の公害の元祖、足尾鉱毒事件から、イタイイタイ病、四日市喘息、土呂久砒素公害、カネミ油症事件、三池炭じん爆発etc, そして水俣病について、先生直々に教えていただきました。また、「原田正純と行く水俣エコツアー」を企画し、お世話係として、参加者のみなさんと一緒に水俣を訪れ、水俣病患者さんの話を聞かせてもらったり、先生自ら現地を案内してもらったり、楽しくお酒(私はウーロン茶(^_^;)を飲んだり・・・と、今思うとものすごく贅沢な経験をさせてもらいました。

先生の業績はここで述べるまでもありませんが、個人的に、先生の素晴らしいところは、人との向き合い方だと思います。偉い大学の先生と話す時も、私みたいなペイペイと話す時も、態度は同じ。いつもにこやかな笑顔で対応して下さいました。忙しい方なので、こちらは先生の時間をとっては悪いと思って遠慮しているのに、「(家に)あがって行きなっせ」と温かい言葉をかけてくれる方でした。誰に対してもそうでした。特に、患者さんに対しては常に患者さんのことを思い、思うが余り、原因企業のチッソや国に対する言葉には厳しいものがありました。

原田先生とのお別れ以降、原田先生を知る者の一人として、先生の言葉をできるだけ伝えていきたいと思うようになりました。今は、いろんな記憶が蘇って頭の中がまとまりませんが、少しずつ、私なりの原田先生の言葉や水俣のことを書いていければと思っています。

先生は亡くなってしまわれましたが、「心の師」として、原田先生のことも、公害被害者のみなさんの苦しみも、忘れないように心に刻んでいたいと思います。

改めて、弱者に弊害をすべて押し付けて、利益ばかりを追求する社会はよくないと思います。一つひとつの“いのち”を大事にする社会にしていきたいと強く思います。





12061601
6/16の大雨で畑が浸かりました。キュウリはかしぎ、

12061602
ズッキーニはバキバキに折れ、

12061603
スィートコーンは倒れまくりました。でも台風被害がなくてよかったです。(^^)






> 原田先生とのお別れ以降、原田先生を知る者の一人として、
> 先生の言葉をできるだけ伝えていきたいと思うようになりました。
> 今は、いろんな記憶が蘇って頭の中がまとまりませんが、
> 少しずつ、私なりの原田先生の言葉や水俣のことを書いていければと思っています。



なーんて書いておきながら、全然進んでいません。
夏の間は体がヘロヘロで、なかなか手をつけられません・・・。
でも、こんな時でも先生は頑張ってたんだよな~。
「飲み会のあとでも原稿書いてた」んだって。
でもね、睡眠時間を削ると、後でしっぺ返しにあうので、そういうことはできません。

でも、時間かかってもするけん。
ちょっと待ってて~。


スポンサーサイト
Secret
(非公開コメント受付中)

プロフィール

りずむ☆

Author:りずむ☆
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。