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[294] 里芋豊作ですよ/杉本栄子さんつづき
<2012/09/25> に書きました。




<294号> 里芋豊作ですよ/杉本栄子さんつづき

やっぱり人参の芽がほとんど出ないので、さらに遅れて人参の種を蒔き直しました。こんなに涼しくなったので、ちゃんと大きくなるか心配です。お願いだから、大きくなってちょうだいね。

一方、今年は里芋が豊作です。(^^)/ ここんとこずっと不作続きだった里芋なので、嬉しさ100倍。(^-^) ただ、大きすぎて掘るのが大変です(嬉しい悲鳴)。

でもね、里芋が小さい頃はこ~んなイモ虫がたくさんいました(5月下旬)。
イモ虫IMG_0438

イモ虫IMG_0437

私の人差し指大です。いつもコイツをどうするかで悩むのですが、今年は思い切って、殺さずに“共生”することにしました。(^_^;(例年滅多に殺しませんけど) その結果、大丈夫でした~♪ 今、里芋を掘っていると、コイツらが蛹になって出てきます。(^_^;(嫌いな方ごめんなさい) だってね、コイツらも一生懸命生きてるわけだし、人間だけじゃ生きていけないわけだし、殺したらかわいそうでしょ?

そして今、こんな感じでヨトウムシの大群に食べられて葉っぱが丸裸になったりもします。
IMG_0748
でも全部じゃないので、きっと大丈夫でしょう。(^_^; 生き物にやさしい“りずむ”の畑です。(^_^;

さて前回(294号)の続きです。お母さんが水俣病になり入院し、間違って“マンガン病”と報道されたことからいじめられるようになった杉本栄子さん。「米も売ってもらえなかった」そうですし、当時はスーパーで患者さんにお釣りを渡す時は手渡さずにカゴに入れて、直接触らないように渡すなど、堂々と“差別”がまかりとおっていました。差別を受けていた人たちにとっては凄まじく辛い日々だったろうと思います。そして、差別していた人達も、その後水俣病になり、いじめが怖くて病院に行けず、(自分たちがいじめた)栄子さんに「ごめんなさい」と言いながら亡くなっていったと言います。住民は何も悪くないのに、傷つけ合って、病気で苦しんで、そんな人たちが数千人単位でいるのです(おそらくきちんと調査をすれば数万人) 本当に水俣病はむごたらしい事件です。

栄子さんもお父さんも水俣病になり、「いじめ返しはするなぞ」と栄子さんに言って聞かせたお父さんはお母さんよりも先に亡くなってしまいます。栄子さん自身も10年間も水俣病でほぼ寝たきりの生活を過ごされました。

そんな栄子さんはご自身を長年苦しめた水俣病までも“のさり(恩恵)”と呼ばれていました。1996年頃、水俣湾埋立地で行われた水俣病の犠牲となったいのち(生きとし生ける物)を慰霊するための「火のまつり」に参加しました。その日は風が強く、小雨がぱらつく日でした。少し不快に思いながら、参加していると、杉本栄子さんが挨拶に立たれ、「風も来てくれた(歓迎してくれている)」と、嬉しそうにおっしゃった時は感動しました。まるで仏様のような方だと思いました。

先日、石牟礼道子さんの番組で石牟礼さんが語られた話では、栄子さんが「私は許すことにした。チッソも、国も、許すことにした」と言われたとおっしゃっていました。そして、「自分(栄子さん)たちは、みんなの代わりに病みよっとばい」とおっしゃったと。

便利で快適な生活の陰に、(私たちの代わりに病んでくださっている)栄子さんみたいな人たちがいることを忘れてはならないと思います。水俣病が教えてくれていることを、しっかり受け止め、お金とか、便利とか、そういうものではなく、本当に大事なものをこれからも大事にしていかなければならないと思うのです。




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