2017/06
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[307] 福島県立相馬高校放送局の舞台から
<307> 福島県立相馬高校放送局の舞台から

玉ねぎの出荷で忙しいこの時期は、月・火・木・金がほとんど出荷作業や配達に手をとられてしまうため、畑に出れるのは水・土・日の一週間にたった三日だけ。出荷で忙しいのと同時に、カボチャやズッキーニ、キュウリやナスやピーマンなどの夏野菜の定植、大豆(枝豆)の種まきなどなど、畑仕事も大忙しなので、時には夜なべをしつつ仕事をする日々。あ~、しんど・・・。

4月6日(土)はキュウリを植えるつもりでいたのに、雨。貴重な(作業日の)土曜日の雨は残念ですが、雨でも降らないと家の掃除もできないし、体も休まらないので、まいっか~。とゆわけで、福島県立相馬高校放送局の上映会(?)を見に行ってきました。雨が降らなかったら行けなかったので、雨のプレゼントです。

高校生がつくったラジオドラマやドキュメント。演劇部と一緒につくった舞台の映像。通学路に残る打ち上げられたままの船。壊れたままのガードレール。田んぼだったところに海水がたまり、放置されたままの元田んぼ。作品は2011年のものがあったり、2012年のものがあったりするのですが、熊本ののほほん♪とした生活とは比べ物にならないくらいの大変な中で、今も、福島の人たちは暮らしているのですね・・・。どうしようもない現実を突きつけられた気がしました。

国の基準の5倍を超える放射線量の地で、「これから先、私達、結婚できるのかな?」「産まれた子供に障害があったらどうしよう・・・」いろんな不安を抱えながら、答えの出ない問いを繰り返す彼女たち。インターネットで浴びせられる誹謗中傷。なんでそんなに彼女たちが苦しまないといけないのだろうか?

福島からは放送局(放送部)の顧問の先生と女子高生が二人来られていました。原発と密接に絡んだ作品を、県立高校で製作し、さらに各地で上映してまわるには、おそらくかなりの圧力がかかったのではないかと想像できます。先生や生徒たちの勇気に脱帽です。多くの批判を浴び、辛い経験をされたことでしょう。そんな彼女たちは「私たちが日本を変えて行くしかない」と、厳しい環境の中でキラキラ輝いて見えました。

私は去年の11月から福島の保育園と宮城の復興共生住宅に野菜を送っていますが、その行為を批判する人もいます。そんなつもりはないのですが、「福島の野菜が危ない」と言っているかのような印象を与えるようです。確かに、私もそれを恐れて以前は送ることをためらっていました。

会場で前から付き合いのある某大学の先生と会い、聞いた話ですが、震災から2年の時が流れて、意外と放射能が作物に移行しにくいこと(お茶やシイタケなど特別なものは除く)がわかってきたそうです。福島は有機農業が盛んな地域なので、気持ちとしては福島の有機農業も応援したい。福島の有機農家が、そういう(放射能を野菜に移行させない)研究をされていることもインターネットを通して聞いていました。ただ、移行しないということはその場所に放射能が留まり続けることを意味し、某先生は「そういった場所で農作業を続け外部被曝してしまう危険性の方が心配」という話をされていました。長いこと水俣に関わってきた先生は最近では、忙しい中、さらに福島に通うようになられています。福島から避難した人は「故郷を捨てた」と言われ、二度と帰れなくなったり、避難生活をする人と、もともとそこに住んでいた人との軋轢などなど、あちこちで人々の間にバリアーができているようです。二重三重の苦しみが人々を襲っています。原発とは、つづくづ罪な存在だなぁ~と思います。福島の人たちが、被災者の人たちが、少しでも楽になれますように・・・。はぁ~。頭の中がまとまらないうちに書いたら、そのまんま、まとまらない文章になりました。(いつものことか・・・)

何もできない自分を嘆きつつ、でも、できることをやるしかないのだ~!と、開き直るしかないのでアリマス。



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